【第6回】逆から考える介護「あなたは、その施設に入りたいですか?」
逆から考える介護現場の連続コラム
みなさまにお読みいただいている「逆から考える介護」のSeason2もいよいよ最終回です。今回は、これまでの5回の振り返ります。ぜひ、各回もお読みいただき、お考えを深めていただければと思います。
第1回 自分の時間は邪魔されたくない
まず、「パーソナルスペース」のお話をしました。介護施設内の「入居者と介護スタッフの間」の距離に着目しました。パーソナルスペースには、間の距離が120センチ以下である「密接距離・個体距離」、120センチを超える「社会距離・公衆距離」があることを学びましたね。介護スタッフは、できるだけ早く入居者の「密接距離・個体距離」に近づこうと努力しますが、新規入居者は「社会距離・公衆距離」を保とうとします。さらに、認知機能が低下した入居者はその傾向が強くなるのではないかという投げかけをさせていただきました。また介護施設は、介護スタッフにとって「職場」であるにも関わらず「密接距離・個体距離」にならないと仕事ができないこと、入居者にとって「生活の場」であるにも関わらず「社会距離・公衆距離」を保ちたいという特殊な環境にあることも、互いのストレスを高めるのではないかと考察しました。
そこで、特に「入居者のパーソナルスペース」を保つためには見守り介護ロボットを用いた、「パーソナルスペースと見守りの同時実現」の可能性を示しました。
詳しくは第1回をご覧ください。
第2回 きっちり説明してほしい
続いて、「いろいろな記憶」についてお話をしました。老化とともに影響がでるといわれている記憶には、「作動記憶(ワーキングメモリ)」、「エピソード記憶」、「展望記憶」があります。「作動記憶」は電話番号をメモするなど、短い時間に記憶しながら、作業を頭の中ですること。「エピソード記憶」は、朝食に何を食べたかなど、特定の時間と場所の個人的な記憶。「展望記憶」は、薬を特定の時間に飲むことなどの将来に関する記憶のことでしたね。
このような記憶に変化が出てくることを理解できると、さまざまな不具合を決まり事(ルール)やテクノロジーを用いて解消することができそうです。見守り介護ロボットが記録するデータなどを用いて「記憶の外部化と納得感の同時実現」を目指す取り組みについても提案させていただきました。
詳しくは第2回をご覧ください。
第3回 わたしはわたし、あなたはあなた?
さらに、「高齢者心理学」についてお話をしました。介護施設において、コミュニケーションがとりにくいと感じたときに、すぐ「認知症だ! うつ病だ!」と決めつけるのではなく、どういう心理状態にあるのだろうと考えることは大切です。高齢者を「支援される存在」だけではなく「発達する存在」だと認識することも必要ですね。
他方、高齢者心理に影響を与えるものとして「五感の変化」についてもお伝えしました。視覚に関しては、「暗順応の変化」、「光の乱反射」、「色の弁別力」、「眼球運動制限」などがあることから、転倒の危険性が高まります。聴力は「小さい音が聞こえなくなる」、「高い音が聞こえにくくなる」、「ちょうどよい大きさの範囲が狭い」などがあることから、よくある「耳のそばで大きな声で話す」ことが必ずしも良くないことが示されています。また、嗅覚や味覚も変化することから食事の好みが変化することも経験的にご存知だと思います。
第2回で老化に伴って変化(悪化)する記憶についてお示ししましたが、ここでは「変化が少ない」記憶である、「短期記憶」、「意味記憶」、「手続記憶」についても触れました。
このような変化がある高齢者が、どのようにその世界を捉え、考え、感じているのかを想像することの重要性についても考えていただければ幸いです。
詳しくは第3回をご覧ください。
第4回 ズレ解消による、より良い介護環境づくり
ここでは、「サービス」や「時間」について考えました。サービス品質には提供する側(介護施設では介護スタッフなど)だけではなく、サービスを受ける側(入居者)の影響もあることをお示ししました。他方、時間には「物理的な時間」と「心理的(主観的)な時間」があり、後者は伸び縮みすることをみなさまもご存知だと思います。落ち着いたレストランや騒がしいレストランなどを思い浮かべるとわかりやすいかもしれませんね。
さらに、サービスには「コアサービス」、「サブサービス」、「コンティンジェント(偶発的な)」の3種類があります。介護施設では三大介護(コアサービス)をしっかりと行い、ナースコールや急変対応(コンティンジェントサービス)をできるだけ減らすことが必要です。そのために、日常のスケジュールを細かく決めて、介助を実施して、予定と実績のズレの原因を明らかにすることで、未然に防ぐことも考えられます。入居者の状態を継続的に把握するために、見守り介護ロボットが蓄積するデータや、記録システムの活用も有効です。
詳しくは第4回をご覧ください。
第5回 あぁ面倒だ…記録って意味あるの?
みなさまが日々行っている「記録」についても考えました。数値や数量で表せない「定性的記録」、数値や数量で表せる「定量的記録」の2つに分け、互いに補いあうことで、より高齢者の状態を知ることができるということを示しました。
さらに、人間には「馴化(じゅんか)」というメカニズムがあり、ゆっくり変化するものには気がつきにくいことが知られています。しかしながら、五感を用いて、状態や状況を大きくとらえるのは人間が得意とするところです。つまり、人間の「全体を見渡す力(俯瞰力)」とセンサーの「変化を見続ける力(継続力)」の2つを兼ね備える必要があります。そして、得られた情報を基に「何をすべきか(アクション)」を考えるのは人間にしかできないことも忘れないようにしてください。
詳しくは第5回をご覧ください。
人とロボットの共存と支援
「介護ロボットやICTの利用」という話をすると、「介護は人がするもの」ということを言われることがまだまだあります。そこには大きな誤解があると思っています。これまでに示してきたように、「人間が得意なところ、不得意なところ」と、「ロボット(テクノロジー)が得意なところ、不得意なところ」をしっかり認識して、理解することによって、両者の「得意なところ」を伸ばして、「不得意なところ」を補うことができるのではないでしょうか。少子高齢化や団塊世代が要介護者になるといった背景から、「ケア品質向上と業務負担軽減の同時実現」が求められてきましたが、よく考えてみると、これは「きっかけ」に過ぎなかったのです。
介護に限らず、多くのサービス業では、ロボットといった「道具」が、そのサービスを提供する人や、提供される人のために使われ、大きな効果を発揮しています。例えば、かつては人や馬が引いていた「車」が進化をして、ガソリンエンジンやモーターの力を借りて、より遠く、より快適に人々を運ぶことに成功しています。「自動車」という道具が登場したときには「馬なし馬車」と呼ばれていたようです。他方、「洗濯」という仕事は、洗濯板で行われていた時代から全自動洗濯機を使う現代に変わりました。
今は、介護にテクノロジーが使われることに違和感がある人もいらっしゃると思います。しかし、未来から現代を見つめたときに「テクノロジーを使わずに介護していた時代もあったね」と懐かしく思う日がくるのではないでしょうか。そして、改めて「人の手による介護の貴重さ」に思いをはせるのではないでしょうか。さらに、高齢者がどのように世界を見ているのか、感じているのかを想像して、どのような生活を望んでいるのかについてもあらためてお考えいただければと思います。
テクノロジーを「道具」として使いこなす「能力」と「意欲」を高め、より高い品質のケアを提供できるかは、これを読んでいるみなさま一人ひとりにかかっていると思います。ぜひ、一緒に「未来の介護」をつくっていきましょう。
最後に、1つご質問があります。
「あなたは、その施設に入りたいですか?」
この問いに胸を張って「はい!」と答えられるよう、ぜひ学び続けていただきたいと思います。思考停止をするのではなく、より多くの経験と知識、人脈を得て、高みを目指してほしいと思います。そのために、これからも、ご支援していきたいと思います。
著者:小林宏気
1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学中。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、千葉大学・特任准教授、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。