Loading...

介護のお仕事お役立ちコラム

【第2回】逆から考える介護「きっちり説明してほしい」

逆から考える介護現場の連続コラム

逆から考える介護「きっちり説明してほしい」

きっちり説明してほしい

 みなさんが普段生活をしたり、仕事をしたりするときに「決まっていたことを急に変更」されたら、どんな気持ちになるでしょうか?
 例えば、家族で海外旅行の計画を立てていて、出発当日に国内旅行に「勝手に」変更されたら、どう思いますか? しかも、自分一人だけに相談や説明がされていなかったら、どう思いますか?
 「なんで勝手に変更しているの!(怒)」、「変えるなら私にも相談してほしかった!(悲)」と感じるのではないでしょうか?

思い出せないイメージ

 人は年をとると、「記憶」にさまざまな変化がでてきます。「顔は出ているのに、名前が出てこない」、「覚えていた英単語がでてこない」、「予定していた約束をすっぽかしてしまった」等、年齢に関係なく、みなさんにも経験があるのではないでしょうか。

 先の旅行の例でいうと、実際は事前に相談して、「旅行の変更」が説明されていたにも関わらず、その時の「記憶」が失われたり、曖昧だったりすると、「自分だけ除け者にされていた」と感じてしまう可能性が高くなります。しかも、自分が高齢になり、家族から「ちゃんと相談して、決めたじゃない! パパ(ママ)は、年をとったから、忘れちゃったんじゃないの?」等と家族から言われたら、どんな気持ちになりますか? きっと、とても寂しく、くやしく感じると思います。そんなときに、家族や周囲の人から納得できる説明があったら、気持ちに変化が生じるのではないでしょうか。

 介護施設にお住まいの方や、介護サービスを利用されている方は、病気等のさまざまな原因によって、認知機能に変化が生じている方が多くいらっしゃることはご存知の通りです。

 想像してください。「あなたの記憶に変化がでた」ときに、どのように感じるでしょうか? そして、その方々が忘れないような工夫がされていたり、「きっちり説明してもらった!」と納得できたりすれば、どのように感じるでしょうか?

いろいろな記憶

 みなさんは「記憶」にいくつもの種類があることをご存知でしょうか? 

 記憶とはものごとを忘れずに覚えていることですが、その記憶時間によって記憶は大きく「感覚記憶、短期記憶、長期記憶」の3つに分類されます。「感覚記憶」は感覚器官において1秒ほど映像や音などを保持する記憶です。「短期記憶」はより長く、数十秒間覚えていられる記憶です。短期記憶の容量は7±2(5~9)とされており、一度に8個以上のことを記憶するのは困難とされています。「長期記憶」はさらに長く、何十年も記憶することができます。また大容量の情報を記憶できます。

 少し詳細に見ていきましょう。高齢になると、短期記憶の1つである「作動記憶(ワーキングメモリ)」や、長期記憶に分類される「エピソード(できごと)記憶」、「展望記憶」に影響が出ると言われています。

 作動記憶(ワーキングメモリ)

作動記憶のイメージ

 短い時間、あることを記憶に留めておくと同時に、認知的な作業を頭の中で行う記憶(例:電話番号をメモするまでの間や、買い物に向かいながら夕飯の材料を覚えていくなど)

 エピソード記憶

 ある特定の時間と場所での個人にまつわるできごとの記憶(例:朝食で何を食べたか、昨日どんな服を着ていたか等)

 展望記憶

 将来に関する記憶(例:友人と会う約束の時間や場所、特定の時間に薬を飲む等)

 このような記憶に変化が出てくることを理解したうえで、介護や支援をするために、どのような点に気を付けたり、工夫をしたりすれば良いのかがわかってきそうですね。
 さらに大切なのは、これからの日本では、介護施設に入居されている「家族(息子や娘)が高齢化」していき、入居者本人と同じような記憶の課題が出てくるという事実です。

クレーム・ケース1「薬の見直し」

 例えば、こんなケースはどうでしょうか? 入居者の食欲が低下してきたので、介護スタッフや看護スタッフからの情報を総合して、訪問医、薬剤師と相談して「薬の見直し」を行うことになりました。入居者本人はもちろん、家族にも説明をしました。食欲は戻りましたが、熟睡できていないという訴えを入居者から家族が聞いて、クレームがあがりました。このとき、「きっちり説明」するにはどのようなことをしたら良いでしょうか?

クレーム・ケース2「事故」

 例えば、こんなケースはいかがでしょうか? 入居者が「腰の痛み」を訴えています。病院でレントゲンを撮ったところ、腰椎の圧迫骨折だとわかりました。本人は認知機能が低下して、転倒したのかしていないのかが記憶にありません。家族は介護施設側に落ち度があったのではないかとクレームを入れました。このとき、「きっちり説明」するにはどのようなことをしたら良いでしょうか?

記憶の外部化と納得感の同時実現

 ケース1は、次の2点に着目をしてみませんか? まず、「薬の見直しの説明」です。入居者本人だけではなく、家族の記憶力についても考慮する必要がありそうですね。医学や薬学の用語や商品名は難しく、一般の方には理解に時間がかかります。近年は、薬が処方される際に詳細な説明文書が添付されることがありますが、医学的・薬学的側面の情報が多く、生活の場面でどのような支障(副作用)が生じるのかに関する情報はまだ不十分だと感じております。介護施設側からのコメントや注意についても文書で残すことや薬に応じた定型の説明文を訪問医や薬剤師と前もって決めておく必要もありそうです。
 次に、「熟睡ができていない訴え」についてです。もちろん、老化によって睡眠が浅くなる可能性はあります。しかし、それは「いつといつの比較」なのか。薬の見直しがある前に比べてなのか、薬を飲みだす前に比べてなのか、自宅にいたときに比べてなのか、判断が難しいのではないでしょうか。ここで、薬の見直しをした前後の比較を行うことで納得してもらえる可能性が高まりますね。見守り介護ロボット等の記録から、比較を行い、顕著な変化がなければ、納得していただくことができるのではないでしょうか。

 ケース2は実は非常に難しいと考えています。骨粗鬆症等が影響する圧迫骨折は、どのような衝撃が加わったことによって症状が現れたかの判断が難しいと言われています。つまり、単に見守り介護ロボット等の映像やデータを分析して「明らかな転倒がなかった」から介護施設側に責任がないとは言い切れないからです。骨粗鬆症の進行を遅らせたり、改善したりする対応を訪問医や薬剤師と共に相談できていたのか等も重要な観点です。胃薬等の副作用として骨粗鬆症のリスクが上がるものもあります。


 このように、入居者本人だけではなく、家族の「記憶」もあいまいになる可能性があることから、介護記録システムや見守り介護ロボット等を用いて「記憶を外部化」することで、データを基にした事実を明らかにするとともに、どのような説明をしたら「納得」してもらえるのかを施設の仕組みとして考えていくことをお勧めします。客観的な情報に基づいた説明は、介護スタッフ等の主観的な情報に基づいた説明にプラスして、より納得感のある説明ができると同時に、再発防止に向けた取り組みにも活用できそうですね。

参考文献

三京房サイト「記憶の概要」 https://www.sankyobo.co.jp/dickio.html
松田修編著.最新老年心理学.ワールドプランニング.2018

著者:小林宏気

1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学中。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、千葉大学・特任准教授、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。