【第5回】逆から考える介護「あぁ面倒だ…記録って意味あるの?」
逆から考える介護現場の連続コラム
いろいろな記録
みなさんは「記録」と聞くと、どんなことを思い浮かべますか? 「世界新記録」、「成長の記録」などいろいろな場面や時に「記録」という言葉を使いますね。辞書的には以下のような説明があります。
記録[名](スル)
https://dictionary.goo.ne.jp/word/記録/
1 将来のために物事を書きしるしておくこと。また、その書いたもの。現在では、文字に限らず、映像や音声、それらのデジタルデータも含んでいう。「―に残す」「実験の―」「議事を―する」
2 競技などで、数値として表された成績や結果。また、その最高数値。レコード。「―を更新する」
3 歴史学・古文書学で、史料としての日記や書類。
大きく分けると、「書き残す」や「成果」といった意味がありそうですね。つまり、「何らか意図をもって、後で確認することができるように情報を残すこと」と言えそうです。さらには、日記のような書き手が「感じたり、考えたりしたこと」や、ストップウォッチなどで「計測した結果」などのようにわけることもできそうです。
定性的記録と定量的記録
続いて、みなさんは「定性的」、「定量的」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
定性的[形動]
https://dictionary.goo.ne.jp/word/定性的/
1 性質に関するさま。ある物質にその成分が含まれるかどうかを表す場合などに用いる。「―検査」⇔定量的。
2 数値・数量で表せないさま。「人事の―評価」⇔定量的。
定量的[形動]
https://dictionary.goo.ne.jp/word/定量的/
1 数量に関するさま。ある物質にその成分がどれだけ含まれるかを表す場合などに用いる。「―測定」⇔定性的。
2 数値・数量で表せるさま。「―な目標を設定する」⇔定性的。
このように「定性的」は「数値・数量で表せないもの」であり、「定量的」は「数値・数量で表せるもの」と分けることができます。先の、日記やエッセーのような書き手が「感じたり、考えたりしたこと」は「定性的記録」、ストップウォッチやカメラなどで「計測した結果」は「定量的記録」ですね。
介護記録にも「定性的記録」と「定量的記録」がありますね。定性的なものには「長期目標」、「表情の観察」などがあります。他方、定量的なものには「体温37.2℃」、「食事量6割」などがあります。
定性的記録の長所と短所
まず、「定性的記録」について、詳しく考えてみましょう。辞書には「成分が含まれているかどうか」とありました。例えば、目の前に「リンゴ」があるのを想像してみてください。下のほうが少し黄色っぽくなっています。いやいや、さらによく見ると、白い点のようなものも見えます…といった感じですが、全体的には「赤」ですね。リンゴに「赤の成分」があることは一目瞭然です。でも、このリンゴが枝からとられて、食卓にしばらく置かれているものが、次第に赤くなっていく変化を認識することは少し難しそうですね。
介護現場でも、「あのご入居者は今日、いつもより元気そうだ」ということがわかっても、昨日よりどれくらい元気か、先週より先月よりはどうか? といった比較は難しいのではないでしょうか。このように「定性的記録」は全体的な情報を把握することには長けていますが、その変化はわかりにくい(比較は難しい)といえそうです。
また、定性的記録には個人差もでてきそうです。「とても元気」、「すごく元気」、「ニコニコして元気」、「ハツラツとして元気」など、元気にもさまざまな表現(形容詞)が付きます。さらに、観察能力に優れた介護スタッフなどであれば、量的な表現が難しいけれども、すごく細かな変化にも気が付いている可能性があります。
そんなときに文字に起こして記録をすることはとても大変です。気が付いているのに、書く手間がかかり、記録に残らないという、とてももったいない状況になる可能性があります。そこで、近年は「音声入力」のデバイスやアプリが介護現場で活躍しはじめています。これまでであれば、手書きしたものを改めて打ち込んでいた記録が、音声でそのままデータとして残るようになります。
定量的記録の長所と短所
次に「定量的記録」について、考えてみましょう。辞書には「成分がどれだけ含まれるか」とありました。変わらない尺度の1つに「時間」があります。私の1分も、あなたの1分も基本的には同じです。よく時計に「Quartz(水晶)」と書いてありますが、水晶に電気を流した時に同じタイミングで振動する性質を用いているためです。100メートル走が15秒かかっていたのが、トレーニングの結果、12秒で走れるようになったら、3秒縮まったということが誰の目にも明らかですね。
介護現場においても、見守り介護ロボットを用いて、夜間の「起き上がり回数」を計測して、記録できるようになってきました。夜間の起き上がりは「転倒」に繋がります。高齢になると暗がりに目が慣れてくるまでにより時間がかかるようになります(暗順応)。さらに、起立性低血圧や筋肉の強張りなどが相まって、思ったように体が動かずに転倒する可能性が高まると言われています。つまり、頭で考えているように体が動かないということですね。夜間の起き上がり回数を記録して、転倒可能性が高まってきたら、就寝時間の変更、昼間の運動量、利尿作用の高い食事(カフェイン入りコーヒーなど)の見直しなどに繋げることも検討してはいかがでしょうか。
また、体温計を用いて体温を測るということがあります。「昨日のご利用者の体温は37.2℃で心配だ」、「今日は36.5℃で良かった」ということは日常的にあることですね。しかしながら、同じ36.5℃の体温でも顔色や体の動きが異なる可能性もあります。つまり、体温計は「体温」を定量的に測り、それを記録することはできますが、測っていないもの(顔色、動き)の情報は完全に落ちてしまうのです。
Quartzについて参考:https://klonklonklon.com/apps/note/column/quartz-watch/
人間と介護ロボットのチームワーク
以上のように、「定性的記録」には「全体はつかめるが、変化はつかみにくい」、「定量的記録」には「変化はつかめるが、記録以外が落ちてしまう(ポイントしか見えない)」という相反する性質があります。つまり、これらの記録は互いに補いあっているといえそうです。そこで、これら両者を効率よく記録することが、より質の高いケアを実践するための必要な要素になってくるのではないでしょうか。
よく、「介護は人の手でするものだ」という声を聞きます。その通りだと思います。ただ、残念ながら、人間には「馴化(じゅんか)」というメカニズムがあります。
馴化(じゅんか、英: Habituation)とは、心理学における概念の一つ。ある刺激がくり返し提示されることによって、その刺激に対する反応が徐徐に見られなくなっていく現象(馴れ、慣れ)を指す。
https://ja.wikipedia.org/wiki/馴化
馴化のメカニズムがあることから、少しずつ変化する対象がどのように変化したのかを認識することがとても難しいのです。これは、人間だけではなく生物全般にいえることなので、「なんで変化に気が付かなかったのよ!」というベテラン介護スタッフや看護スタッフなどの叱責はなかなか説得力がないことがお分かりいただけると思います。
このように、人間の「全体を見渡す力(俯瞰力)」とセンサーの「変化を見続ける力(継続力)」の2つを兼ね備えることが必要です。
記録の活用、3つの視点
そして、何より大切なのが、これらの「定性的記録」と「定量的記録」を用いて、何をするか(アクション)です。アクションには以下の3つの視点があります。
- どのような介護(介入)をご入居者にすべきか
- どのようなケアプランを作るべきか
- どのような施設経営をするべきか
まず、目の前のご入居者の状態を「人の目」と「機械(センサー)の目」で把握して、どのような介護(介入)をすれば、より良い状態に導くことができるのかを考え、実践します。ここで大切なのは、考えるのは「介護スタッフ(人間)」であることです。定性的・定量的な記録から、どのような介護をすれば、ご入居者の状態がさらに良くなるのか、現状を維持することができるのかを考えることは、とても創造的(クリエイティブ)な仕事です。時間軸としては、日単位くらいでしょうか。日々変わる状態を把握しながら、細かな調整が必要ですね。
次に、ケアプランの変更です。ケアプランの多くは半年毎に変更されていると思います。しかしながら、半年以内に状態が変化することもあるでしょう。そこにも定性的・定量的な記録が活用できます。まず、さまざまな定量的記録を1週間前や1か月前に比べます。他のご入居者や過去のご入居者と比べて、大きく変化しているようなポイントが見つかれば、介護スタッフや看護スタッフなどと一緒に「何が原因であるか」を明らかにしていきます。そして、必要であればケアプランを変更して、より効果的効率的な介護に繋げます。
最後に、施設経営についてです。介護保険制度において、収入は「要介護度」に依存しています。入居当時は「要介護度3」だった方が、時間が経ち、「要介護度4」の状態になっているにも関わらず、区分変更を行っていなかったらどうなるでしょうか? 収入は「要介護度3」分しか入りませんが、労働としては「要介護度4」分がかかってしまいます。しかしながら、区分変更にはご本人やご家族の同意が必要です。区分変更で要介護度が重くなれば、これまでよりも多くの自己負担になります。そのため、なかなか区分変更に応じてもらえないのではないでしょうか。そこで、定量的記録が役に立ちます。同じ施設内の「要介護度3」の方に比べて、明らかに多くの時間が介護にかかっているとすれば、納得してもらいやすくなるのではないでしょうか。
記録するだけではなく、アクションにどうつなげていくのか。リーダーの皆様はこの点について、ぜひお考えいただければと思います。
著者:小林宏気
1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学中。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、千葉大学・特任准教授、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。