【第4回】逆から考える介護「ズレ解消による、より良い介護環境づくり」
逆から考える介護現場の連続コラム
スタッフさんに悪いな・・・
みなさんはレストランで食事をすることはありますか? コロナ禍で少し遠のいた方もいらっしゃるかもしれませんが、最近こんな風に感じたことはありませんか?
「以前より、店員さんが少なくなったな」
「なんか、忙しそうだから、声かけづらいな」
コロナ禍で外食が制限され、人件費を圧縮したり、外国人労働者が来日できない状態が続いたりしたことも影響してか、飲食業界で働く人が減少しているように感じているのは私だけではないと思います。
そんなときに、「まとめて注文をお願いしよう」、「タブレット注文があれば逆に便利だよね」といったふうに感じませんか? あるいは、隣の客が店員に労いの言葉をかけていたりするのを見ると、「自分も店員に無理なことは言わないようにしよう」と感じるのではないでしょうか。その心の底には「忙しそうにしている、店員さんに悪いな…」というみなさんの優しい気持ちがあるのではないでしょうか。
逆に、「さっさと注文取りに来いよ!」といって怒り出す客を見かけたこともあるでしょう。そんなときに同じレストランにいる「あなた」はどのように感じるでしょうか? きっと、不快な気持ちになって、サービスに対する満足度が低下するのではないでしょうか。
顧客もサービスをつくる
このようにレストランなどのサービス業において「客」が担う役割は大きく、一見バラバラな客がお互いに影響しあいながら、場の雰囲気をつくりあげ、サービス品質そのものを向上させたり、低下させたりすることが知られています。京都の老舗料亭などが「一見さんお断り」をしていることも、客が作り出すサービス品質を熟知しているからなのかもしれませんね。
介護施設ではどうでしょうか。コロナ禍で入退院が多くなり、あらゆる部分を消毒したり、これまで以上に体調管理に気を配ったりして、通常よりも大きな負担が介護現場にのしかかっていることは実感されていると思います。
そんな、これまでよりも「忙しくしている介護スタッフ」に対して、入居されている方々はどのように感じているでしょうか。きっと、「忙しそうにしている、スタッフさんに悪いな…」と思い、やりたいことや不満などを言えずにいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
このように、本来であれば不満や要求をする「顧客(ご入居者)」が、その場の雰囲気を察して、我慢するという現象はさまざまな場面で見られています。このような我慢を強いられる状況も一定期間であれば実現可能かもしれませんが、次第に積み重なった不満や要望が爆発する可能性も否定できません。
環境がゆったりすると
さて、「時間」には「物理的な時間」と「心理的(主観的)な時間」があることを、みなさんは経験的に感じているのではないでしょうか。「楽しいときは時間が早く進む」、「苦しいときは1秒がとても長い」など、これまでの人生で「時間が伸び縮み」した経験がある人は少なくないのではないでしょうか。
人が感じる時間の長さに関しては、さまざまな研究があります。
- 年をとると時間を短く感じる
- 懐かしさを感じるときは時間を短く感じる
- いやな時間は長く感じる
- ゆったりとした環境では時間を長く感じる
いかがでしょうか? これまでの経験と照らし合わせてみて、納得できることが多いのではないでしょうか。私はすぐに「釣り」は最高の趣味だなと感じました。ゆったりとした環境で、リラックスして、適度な緊張感があるのは、「心地よい時間を長く」感じさせるのかなと思います。
さて、介護施設で暮らされているご入居者はどのように感じているでしょうか? 私は、「心地よい時間は長く、不快な時間は短くする工夫」ができれば、ご入居者の満足度や幸福感を上げることができるのではないかと考えています。
みなさんが勤務されている介護施設や事業所の雰囲気はどうでしょうか? ゆったりとした時間が流れているでしょうか? それとも、バタバタと小走りのスタッフがいたり、大声で遠くの人に呼び掛けたりしていないでしょうか? もし、後者の雰囲気であれば、改善の余地がありそうですね。いくつか考えてみましょう。ここでは、「ゆったりとした環境では時間を長く感じる」という研究結果を踏まえて、介護施設内の環境をどうしていけば良いかについて考えてみたいと思います。
サービスの3分類
介護は経済学でいうところの「サービス」ですね。スマホやテレビといった「モノ」ではありません。サービスには大きく分けて3つの種類があると言われています。
- コアサービス
- サブサービス
- コンティンジェントサービス
コアサービスは提供されるサービスの「コア(中心)」です。介護でいうと「三大介護」と呼ばれる食事介助、排泄介助、入浴介助などにあたるでしょうか。サブサービスは、コアサービスを彩る「表面的な」サービスです。食事の味などがあたります。最後に、コンティンジェントは「偶発的な、不確かな」という意味です。介護では、予定された介助ではなく、ナースコールで呼ばれて対応するような非定時援助と呼ばれるものなどです。
コアサービスは、少しでも欠けてしまうと、サービス全体の満足度が下がります。それに対して、サブサービスは1つでも特出すべき点、とても良い点があると、サービス全体の満足度が一気にあがります。コンティンジェントサービスは、予想が難しいため、対応に手間や時間がかかると、コアやサブのサービスが提供できないなどの影響が出てきます。
頻コールの影響と原因
特定のご入居者がナースコールをバンバン押して、それに対応することで、他のご入居者のコアサービスが提供に十分な時間がかけられないといった経験がある人は少なくないと思います。実は、ここに「より良い介護環境」を作り上げるヒントが隠されています。
ナースコールを押して、予定にない介護を要求するには理由、原因があります。その原因を明らかにして、予測ができるようになれば、バタバタと対応する回数が減ってくるのではないでしょうか。一定期間でよいので、ナースコールで呼ばれる理由を記録するだけでも、どのような対応ができる可能性があるかがわかりそうですね。
聞いた話によると、施設に入居の際に「何かあったら、ナースコールを鳴らしてくださいね」といわれたことをマジメに守って、ちょっとしたことでも鳴らしていたご入居者がいたようです。自分でできるようなことでも、「必ず押さなきゃいけないんだ」という義務感で押していたんですね。
すると、そんな経緯があったことを知らない介護スタッフによっては、「なんで、こんな簡単なことで呼ぶんだ」といった感覚を持って、不十分な対応になるだけではなく、不満も募っていくのではないでしょうか。ご入居者も介護スタッフもお互いに「善かれ」と思って行っている行動が互いの満足度を低下させていることもあるのです。
予定実績による「ココロとカラダ」の微調整
このような状態を解消する1つの方法として、日常のスケジュールを細かく決めて、介助を実施して、予定と実績のズレがなぜ生じているのかを明らかにして、微調整をすることが考えられます。生活には「リズム」があります。ご入居者一人ひとりのリズムがどのようなものかを明らかにして、それに合わせた介助ができるようにユニットやフロア、施設全体で「最適化」をして、予定と実績がズレたら、細かく見直していくことが、ご利用者の満足度を向上させるだけではなく、介護スタッフの「ココロとカラダ」の負担感を低下させることができるのではないでしょうか。
ご入居者の「ココロとカラダ」の状態を継続的に明らかにして、それに合わせた介護サービス提供をすることができれば、コンティンジェントサービスは少なくなり(ナースコールの頻度が低下して)、コアサービスを確実に行い、サブサービスの向上に時間や頭を使えるようになりそうですね。バタバタした施設環境が、ゆったりとした施設環境に変化することで、ご入居者と介護スタッフの双方にとって「心地よい時間がゆっくり流れる」ようになるのではないでしょうか。
そこには、「最適化」のためには、施設全体のルールの見直しや介護ロボットやICTの活用がポイントになりそうです。見守り介護ロボットを用いることで、ご入居者の「生活のリズム」を邪魔しないだけではなく、介護スタッフの負担を軽減するきっかけに繋がります。
参考文献
一般的参加者における主観的時間評価に影響を及ぼす諸要因の検討
近藤隆雄.第3版サービスマネジメント入門.2007
著者:小林宏気
1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学中。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、千葉大学・特任准教授、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。