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介護のお仕事お役立ちコラム

【第9回】「逆から考える介護現場」の「介護ロボット研究・開発」

逆から考える介護現場の連続コラム

 前回は、「脳」の能力拡張をするための介護ロボット・ICT機器について、「記憶、思考、感覚、運動、創造」という観点で考えました。今回は、介護ロボットに関する「研究・開発」について考えたいと思います。

■介護ロボットの研究・開発における「人材」

 これまで見てきた介護ロボットやICT機器はどのような人々が研究したり開発したりしているのでしょうか。まず、「学ぶ場」としては高専、専門学校、大学・短期大学、大学院等の教育機関が思い浮かびます。「介護ロボット」の研究・開発について学ぶことができる工学系大学はどれくらいあるか調べてみました。

国立大学55工学系学部長会議という、ちょっとマニアックな組織が作成しているサイトによると、53大学に「介護・福祉」を学ぶことができる学部学科が設置してあるようです。ほとんどの工学系大学にありますね。

https://www.mirai-kougaku.jp/imagesearch/3rd/robot_02.php

 他方、検索エンジンで「介護ロボット」と打ち込むと、「介護ロボットポータルサイト」が上位に表示されます。このサイトには「ロボット介護機器に携わる全ての方に、介護現場で安全かつ効果的に活用できるロボット介護機器のあり方について正しく理解し、開発や活用を推進いただくことを目指しています。(中略)介護現場へのロボット介護機器導入や機器開発に関する国、団体、企業などの様々な情報をご提供します」と記載されており、「ロボット介護機器について、AMEDのロボット介護機器関連事業の取り組み、関連セミナー/イベント等の開催情報」等の情報が得られるようです。具体的なメーカーや製品が一覧できますので、ぜひ覗いてみてください。

介護ロボットポータルサイト:https://robotcare.jp/jp/home/index

 具体的な研究機関としてはどのようなものがあるのでしょうか。まず、挙げられるのが、「国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)」です。こちらにはさまざまな研究領域がありますが、中でも「人間拡張研究センター」において介護ロボットやそれに類する高度な研究がなされています。センターには8つの研究チームが設置されており、「人に寄り添うセンシング、人のデジタルモデルによる評価、そのモデルを用いた人に対する介入技術、それらをサービスビジネスとして設計する手法、さらに、ビジネスエコシステムを設計し実証する方法論」について研究されています。

産総研・人間拡張研究センター:https://unit.aist.go.jp/harc/

■介護ロボットの研究・開発における「課題」

 私自身が、メーカー、教育機関、介護施設等を経験して、上記の教育機関や研究機関の教育者や研究者と対話をしていて、いくつか感じたことがあります。それは、「介護ロボットのユーザーが研究・開発をしていない」ということです。詳しく説明します。例えば、スマートフォンの開発者は同時にユーザーでもありますね。普段からスマホを使っている人が研究や開発をしていることでしょう。

つまり、「ユーザー視点を持っている人間」が研究・開発を行っています。これに対して、介護ロボットはどうでしょうか?多くの介護ロボットは要介護者ではない人によって研究・開発され、「ユーザー視点を持っていない人間」によって研究や開発がされている可能性が高いです。この「視点を持つ、持たない」ということがとても大きいのではないかと私は考えています。

 多くの研究者や開発者は、介護ロボットのユーザーである高齢者や介護者に対して、ヒアリング、アンケートや観察等によって、研究・開発に必要な情報を得ようとします。しかし、「ユーザー視点を持っていない」ことから、得られた情報の解釈に困ってしまいます。

例えば、新しい介護ロボットを開発しているときに、高齢者から「使いにくい」と言われても、その原因が何であるのかを理解するまでに多くのハードルが存在します。高齢になると肉体面だけではなく、精神面でも変化をします。また、生きてきた時代背景や文化によっても物事の捉え方が異なるでしょう。つまり、研究者や開発者が「ユーザーである高齢者に入り込む」必要がでてきます。これは哲学者の西田幾多郎がいう「主客合一」の考え方や体験が必要になるのかもしれません。また、文化人類学等でいう「エスノグラフィー(行動観察調査)」の手法が必要になるのかもしれません。

エスノグラフィーとは:https://neo-m.jp/column/marketing-research/-/2489/

■介護ロボットの研究・開発における「ヒント」

 皆さんが手にしているパソコンを操作する「マウス」をデザインした世界最高のデザイン・ファームであるIDEOについて書かれた「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」(早川書房)には、イノベーションを生み出すチームに必要なキャラクターとして、以下の10個が挙げられています。

イノベーションの達人!:https://dentsu-ho.com/articles/1416

 この1番最初に挙げられている「人類学者」がまさに、先にお示しした高齢者のニーズを「エスノグラフィー(行動観察調査)」等を通じて、探り当てる人のことです。
 私が知る限り、介護ロボットの研究・開発をしている人に、「文化人類学」等を学んだ研究者はいないです。しかしながら、今後は工学部出身等の自然科学を学んだ人材だけではなく、社会科学や人文科学を学んだ人材が介護ロボットの研究・開発に関わってくることにより、使う意欲を高めるような素晴らしい介護ロボットが生まれてくることになるのではないでしょうか。

■「介護」と「医療・医学」の違い

 介護において「医療・医学」は切っても切れない関係ですね。では、「介護」と「医療・医学」の違いは何でしょうか?介護は介護福祉士がすることで、医療・医学は医師や看護師等がするということだけでしょうか?私は以下の2点に大きな違いがあるのではないかと考えております。

Ⅰ. 時間軸

Ⅱ. 巨人の肩に乗る

 まず、「時間軸」の違いです。例えば、刃物で指を切ってしまったときに、傷口を消毒したり、縫い合わせたりすることによって「治療」をしますね。すると、1週間から2週間もすれば、傷がくっついて治ります。

他方、介護はどうでしょうか?歩行機能が低下した高齢者に対して、福祉用具の活用や生活リハビリ等をしても、その効果が出るには、数か月から数年といった長い期間がかかるのではないでしょうか。つまり、医療は比較的短い時間で、その効果が実感できますが、介護は長い時間が経たないと実感することが難しいのです。

 次に、「巨人の肩に乗る」について説明します。自然科学(医学、工学等)は「ある状態にある対象(人やモノ)に対して、ある介入(治療や刺激)を加えることで、どのように反応するか(変化がでるか)」を明らかにします。再び同じようにしたら、同じ結果になるかどうかが大切です。Aさんがした結果と、Bさんがした結果が異なると、Cさんにどちらをすれば良いのかわからないですね。医学が進化するためには、過去の多くの研究者や臨床家が繰り返し、積み重ねた結果と比較する必要があります。つまり、先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見しています。これを「巨人の肩に乗る」と言います。

 これに対して、今の介護はどうでしょうか。「ある状態の高齢者に対して、ある介護をすることで、どのような状態に変化したか」を明らかにしてきたでしょうか。実は、先の「時間軸」の違いを考えると、医療・医学以上に難しいのではないかと考えています。なぜなら、介護の効果を知るには(医療・医学に比べて)長い時間がかかるからです。どの介護が効果的であったかを知ることが極めて難しいのです。もし、医師や看護師に「介護は科学的ではない」と言われたら、「時間軸」が違う、「巨人の肩に乗る」ことが「まだ」できていないことを説明してみてください。

■介護ロボットの研究・開発における「未来」

 実はこの「時間軸」、「巨人の肩に乗る」ために、今の我々がしなければならないことがあります。それは、

未来の介護のために、客観的情報(データ)を残しておくこと

 です。高齢者や家族、ケアスタッフが「主観的に」記録する情報(多くは文字情報)を残して、多職種で共有することで、より多角的な介護を提供することはとても重要です。厚生労働省でも進めている科学的介護(LIFE)もその一環です。
その上で、「時間軸」の課題を克服して、「巨人の肩に乗る」ためには、センサー等で速度(加速度、振動等)や力(重さ、圧力等)といった「物理量」を継続的に蓄積して、どのような介護が行われた結果、高齢者の動きや状態がどのように変化したのかについて「因果関係」を明らかにする必要があります。このように国や地域、時代を超えて、同じ目線で議論ができる素地を作ることによって、医学のような「介護学」ができ上がり、より多くの課題解決に資する「道具」(福祉用具や介護ロボット等)ができるようになるのではないでしょうか。

■リーダーは何をすべきか

 これまで、介護は「心」や「手の温もり」が大切だと考えられてきました。まさにその通りです。しかし、その心や手の温もりを最大限に活かすためには、高齢者が望む状況(生命・生活・人生)に導くための、より適した介護(方法)を追求する必要があるのではないでしょうか。志の高い、素晴らしいケアスタッフに出会えた高齢者はラッキーで、そうでないケアスタッフに出会った高齢者はアンラッキーといったことで良いのでしょうか。
 リーダーである皆様は、もう一段高い世界に介護業界全体を導く(リードする)お立場にいらっしゃるのではないでしょうか。そのことを覚えておいてください。

著者:小林宏気
1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、国際医療福祉大学大学院・非常勤講師、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、東京福祉専門学校(ICT・介護ロボット専攻)・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。