【第3回】逆から考える介護「わたしはわたし、あなたはあなた?」
逆から考える介護現場の連続コラム
高齢者のイメージ
みなさんが持っている、「高齢者のイメージ」はどのようなものでしょうか。体の動きがゆっくりになり、ものごとが忘れやすく、心も塞ぎがちでしょうか。いやいや、いつまでもフルマラソンを走り、さまざまな知識や知恵を伝えて、ハツラツとしているでしょうか。周りの高齢者と呼ばれる人々を見てみると、実にさまざまなタイプの方がいらっしゃいます。
ここで考えてみてください。みなさんが持っている「イメージ」に近づけて、接していないでしょうか。高齢者とのコミュニケーションに困難さを感じた時にはすぐに、「あの人はアルツハイマー型認知症かな」、「きっと、うつ病に違いない」と決めつけていないでしょうか。何が、高齢者の「こころ」に影響を与えているのかを心理の視点から考えてみたいと思います。
高齢者心理学
公益財団法人長寿科学振興財団のサイトに以下のような記述があります。
高齢者心理学は、一般心理学で扱われる知覚、認知、学習、知能、感情、パーソナリティ、社会関係、臨床等について、高齢者を対象に研究されるが、心理学の分類では発達心理学の一領域と考えられている。心理学で人生という時間経過を扱うのは発達心理学である。乳幼児心理学、児童心理学、青年心理学、成人心理学の後の世代として高齢者心理学が位置付けられる。また、Baltesの生涯発達心理学(lifespan developmental psychology)の提唱以来2)、高齢者も単に減退、衰弱する存在としてだけではなく、発達的存在として位置付けられるようになった。
https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/tokushu/koureisha-shinri/shinri-rekishi.html
まず、ここで最後の「高齢者も単に減退、衰弱する存在としてだけではなく、発達的存在として位置付けられるようになった」というポイントにハッとしませんでしたか?
「高齢者」といえば、衰え、できなくなることが増えるから「支援される存在」であり、ただ死を待つだけの存在だと誤解していなかったでしょうか。
五感の特徴
加齢に伴い、身体的な特徴が変化してくることが知られています。まず、五感についてみていきましょう。
1.視覚
- 暗順応の影響が大きい(暗闇に慣れるまでに時間がかかる)
- グレア(光の乱反射)が増大して、まぶしさを感じるようになる
- 青色から黄色の弁別力が低下するが、赤系統の色は比較的保たれる
- 眼球運動が制限されるため「前方上方視」が困難になる
このような視力に関する変化があるため、床の素材と色によっては、段差や緩やかなスロープが認識しにくく、転倒しやすくなることが知られています。
2.聴力
- 最小可聴値が上昇(小さい音が聞こえなくなる)
- 高い周波数から低下(高い音が聞こえにくくなる)
- ちょうどよい大きさの範囲が狭い
聴力に変化があると、①相手に繰り返してもらう、自分が難聴だと説明する(適応的言語的戦略)、②手の表情に注目する、聞こえる場所に移動する(適応的非言語的戦略)、③わかったふりをする、会話をさける(非適応的戦略)等の対応をとるようです。このような点を理解しておくと、どのように話しかけたら良いか分かりますね。
3.嗅覚、味覚、皮膚感覚
- 嗅覚の低下は50代から始まり、60代以降で顕著。男性の方が早い
- 味覚変化は苦味が顕著。「酸味→甘味→塩味」の順で変化
- 表在感覚(温度覚、痛覚、粗い触覚)、深部感覚(細かい触覚、振動覚)は加齢とともに閾値が上昇する(感じにくくなる)。深部感覚の方が加齢の影響を受けやすい。
加齢とともに嗅覚、味覚に変化があると食事の好みや味付けに影響が出そうですね。これらの五感の変化を理解して、高齢者がどのような「世界」で生活をしているのかを想像することで、「こころ」の状態が想像できて、コミュニケーション方法が変ってくるのではないでしょうか。
加齢の影響が「ない」記憶
ものごとを思い出しにくくなったときに、「あぁ、私も年をとったものだ」と感じたことはないでしょうか。学生時代のテストのときに「あの英単語、なんだっけ?」と思い出せなくても、加齢を感じることは無いと思いますが、中年を過ぎると加齢を感じてしまっていませんか? このように、私たちは経験的に「年齢と記憶」を結び付けて考え、一喜一憂しているようです。記憶が心理に影響を与えていることは大きいと考えられますが、すべての記憶が年齢に関係があるのでしょうか。
前回のコラムでは加齢の影響がある記憶として、「作動記憶(ワーキングメモリ)、エピソード記憶、展望記憶」の3つをご紹介しましたが、逆に加齢に影響が「関係がない」記憶には以下のようなものがあるといわれております。
- 短期記憶(数秒から数分覚えておく記憶)
- 意味記憶(「日本の首都は東京」のような記憶)
- 手続記憶(「自転車に乗る」のような記憶)
昔、事故によって脳に重い障害を負った方が、職人として働いている姿をテレビでみたことがありますが、体で覚えた繰り返しの記憶である「手続記憶」は忘れにくいんだなぁと感じたことがあります。また、グループホームにお住まいの元植木職人で認知症の方が、施設の植木を見事に手入れしたというお話も伺ったことがあります。歴史的にもレオナルドダヴィンチやシェークスピア等は晩年に偉大な作品を遺したともいわれています。
このように、加齢に伴って変化がでやすい記憶とでにくい記憶について理解しておくことも、「こころ」を想像するために必要そうですね。
「君の名は。」
みなさんは「君の名は。」という映画をご存知でしょうか?
千年ぶりとなる彗星の接近を1ヵ月後に控えた日本。山深い田舎町で鬱屈した毎日を過ごし、都会の生活に憧れを抱く女子高生の三葉。ある日、夢の中で東京の男子高校生になった彼女は、念願の都会生活を満喫する。一方、東京の男子高校生・瀧は、山奥の田舎町で女子高生になっている夢を見る。そんな奇妙な夢を繰り返し見るようになった2人は、やがて自分たちが入れ替わっていることに気がつくのだったが…。
https://ja.wikipedia.org/wiki/君の名は。
男女が入れ替わり、それぞれの目から、それぞれの世界を見ることで、理解しあう物語ですが、これは介護にも言えることではないでしょうか。自分自身の意識を、高齢者の「中」に入れて、世界を再度見つめることで、新しい発見があるのではないでしょうか。
「わたしはわたし、あなたはあなた」であったものが、「わたしはあなた、あなたはわたし」になることで、被介護者にとって本当に必要なことは何なのかがより深く想像できるようになると思います。
高齢者心理学をテクノロジーに
介護現場だけではなく、さまざまなサービスや製品の開発現場においても、「高齢者心理学」を通じて得られる知見や視点を加えていくと、これまでに見えなかったものが見えてくるようになる可能性があります。さらに言うと、「高齢者自身が企画開発者」になって、自分たちが本当に必要だと考え、感じるサービスや製品を生み出していくこともできると思います。今後きっと、高齢者版「生産消費者(プロシューマ―)」が生まれてくるでしょう。
生産消費者 (せいさんしょうひしゃ、prosumer) もしくは生産=消費者、プロシューマーとは、未来学者アルビン・トフラーが1980年に発表した著書『第三の波』の中で示した概念で、生産者 (producer) と消費者 (consumer) とを組み合わせた造語である。生産活動を行う消費者のことをさす。
https://ja.wikipedia.org/wiki/生産消費者
サービスや製品をつくる際に、プロトタイプや完成品を試して、評価をしてもらうだけではなく、必要な「機能」そのものを「高齢者発想・発信」で考えていくプロセスが重要になると私は考えています。そこには、加齢をして得られた経験や知識だけではなく、変化した五感から得られる知も含まれてきます。
私が尊敬する株式会社ミライロには「バリアバリュー」という素晴らしい企業理念があります。
人にはそれぞれ、弱点や短所、苦手なことがあります。トラウマやコンプレックスがある人もいます。しかし、それらは克服すべきでも、取り除くべきでもありません。今まで「バリア」として捉えていたことも、考え方や周囲の向き合い方次第で「強み」や「価値」に置き換えることができます。バリア(障害)をバリュー(価値)に変え、私たちは社会を変革します。
https://www.mirairo.co.jp/company/vision
まさに、これからの社会においては高齢者の感じる「バリア」を「バリュー」に変え、より良い世界や社会に変革していく必要があるのではないでしょうか。
参考文献
松田修編著.最新老年心理学.ワールドプランニング.2018
著者:小林宏気
1974年神戸市生まれ。博士(保健医療学)+3修士(工学・経営情報学・保健医療学)。姫路工業大学大学院、多摩大学大学院、国際医療福祉大学大学院修了。京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学中。オットボックジャパン㈱、川村義肢㈱、㈱オーテックジャパン、(学)帝京大学、(社福)善光会・サンタフェ総合研究所等を経て、現在、千葉大学・特任准教授、東京未来大学福祉保育専門学校・非常勤講師、公益財団法人テクノエイド協会福祉用具プランナー管理指導者養成講師、ICT介護教育研究会・世話人、一般社団法人ワイズ住環境研究所・理事、主体的学び研究所・フェロー、株式会社シード・プランニング・顧問等。